心地よい疲労感に包まれうつらうつらしていたが、背後の熱が音もなく離れていく気配を感じ、私は目を覚ました。
行かないで欲しい、そう言いかけてぐっと言葉を呑む。
──それはいつも、何の前触れもなく訪れた。
彼は時折夜更けに私の布団に潜り込んで来て、いたずらっぽく笑いながら頬を寄せ、誘うように私の唇を啄む。しばらくはそのまま好きなようにさせておくのだが、それだけで終わるわけもなく、結局は我慢できなくなった私が彼を抱いてしまう。
情を交えた後は、彼は決まって私に背を向け丸まって少し眠った。そして夜が明けぬうちに、自分の寝床にひっそりと帰ってしまうのが常だ。
翌日、日が昇り朝餉に顔を合わせれば、互いに普段通り何事もなかったかのように振る舞った。
おそらく彼にとっての私は、少しずつ体に蓄えられていく欲望を手近なところで吐き出すための道具といったところなのかもしれない。悲しいかな、二人の行為に深い意味など存在しなかった。
衣擦れの音がする。身支度を整えているのだろう。私は寝床から体を起こし彼に尋ねた。
「……戻るのですか」
「ああ、起きてたのか。そろそろ帰る」
つい先程までの彼は。子猫が喉を鳴らすような甘い声や無邪気に快楽を貪る様は、自らの願望が作り出した淫らな夢だったのだろうか? そう錯覚してしまう程に今の彼はひどく素っ気なく、チクリと胸が傷んだ。つい、溢れ出す感情が言葉となって、口を突いて出てしまう。
「もしよければ、今夜はもう少しここにいて欲しいと思っているのですが」
「ハ……なぜ?」
なぜかと問われ、一瞬言葉に詰まる。もし本心を打ち明けたとして、二人の距離が縮まるとは限らない。むしろ彼の性格からすれば逆の可能性の方が高いのでは、とさえ思えたからだ。きっと彼は、煩わしい事柄を嫌うだろう。
互いの気持ちを確かめもせずに、流されるままに体を重ねてしまったことは私の落ち度だ。だが私が一時の気の迷いや単なる発散の手段として情交を結ぶ男だと、そう思われているのだとしたら……それは本意ではない。
私はできるだけゆっくりと慎重に、真摯に言葉を紡ぐ。
「あなたを好いている。あなたに側にいて欲しいから、では、答えになりませんか」
まだすぐそこにある彼の体に手を伸ばし、背中から強く強く抱きすくめた。
「どうか、何も言わず夜明けまでこのままで」
抵抗されるか、と身構えた。
しかし意外にも彼は、私の腕の中で身じろぎもせず留まっている。
しばらくそのまま無言でいたが、やがてため息をつくように呟いた。
「……しかたないな。そんな馬鹿力で捕まえられたら、逃げようがないだろう」
(ああ、これは夢ではないのだ)
深い安堵と込み上げてくる歓喜。私は彼の後頭部に顔をうずめて静かに身を震わせた。抱きしめる腕に思わず力が籠もる。
「ど、道長、苦しいって!」
「嬉しくてつい……すみません」
「夜明けまで、だ。おとなしく寝ろよ」
「はい……ええと、向かい合って寝ても?」
「調子に乗るな」
そこは間髪入れずぴしゃりと拒否された。だが、今はただこうしているだけで十分だった。
側にいて欲しいと願い、それは受け入れられたのだから。
私は今までになく満たされた気持ちで、彼を抱いたまま再び眠りに落ちた。