撫でる

「道長、死なないで~~!!」 「お前なぁ、縁起でもないこと言うなよ……」  寝床に横になっている暁星塵の前で、阿箐と薛洋は二人揃って並んで座っていた。阿箐は眉をハの字にして、布団の端をギュッと掴んで不安げにしている。  おおげさな、と薛洋はすっかり呆れ顔だ。  阿箐の潤み声に、暁星塵も思わず微笑をもらす。 「大丈夫。ただの風邪ですから、少し休めばすぐに熱は下がりますよ」 「本当に? 本当? 生姜のお粥を作ったんだけど……食べられる?」 「ええっ、阿箐が一人で料理を!?」  炊事は暁星塵が請け負っているので、阿箐は料理をほとんどしたことがない。  驚いて尋ねた暁星塵に、阿箐は恥ずかしそうにうつむき首をふるふると横に振って蚊の鳴くような声で答える。 「う……ううん。こいつが教えてくれた……」 「作り方を知らないっていうから、特別に俺様が教えてやったんだよ! でも作ったのはほとんどこのちびだ」  いつもは「ちびって言うな!」と喚く阿箐も、この時はおとなしく黙っていた。  まったく粥の作り方がわからず、台所でただおろおろとしている阿箐の姿を見るに見かねて、意外にも薛洋が助け船を出したのだ。阿箐は、年中いがみ合っている相手に助けられるのは大変な屈辱だったが、他ならぬ暁星塵の為、背に腹は代えられなかった。 「それはすごい、喧嘩しないで二人が協力してくれるなんて。是非ともいただきたいです」  暁星塵は、阿箐が手渡した温かい椀を手に、ゆっくりと噛みしめながら一口、また一口と粥を口に運ぶ。  二人が見守る中、そうやってほとんど食べ終えると、深く息を吐き出すように言った。 「ああ、これは体が温まります」 「よかった! 道長、早く良くなってね」 「本当に美味しかった。ありがとう、阿箐」  そう言いながら、傍らで心配そうに寄り添っていた阿箐の頭を優しく撫でる。 「あなたも──」  暁星塵は薛洋の頭にも手をのばしたが、その手はさっと振り払われてしまった。 「お、俺はいいよ、ガキじゃないんだからさ。なんにもしてないし」 「おや、失礼しました。でも、ありがとう」  夕餉を終えると、阿箐は台所で片付けをしてから寝床についたが、薛洋は何をするでもなくまだ暁星塵の側にいた。 「あなたもそろそろ休んでください」 「そうだな、いや……ちょっと待ってろ」  薛洋はさっと立ち上がり台所にのしのしと歩いていく。そしてしばらくしてから何かを持って帰ってきた。  暁星塵の隣に再び座り、手にした皿を持たせる。 「ほら食えよ」 「これは? 林檎……うさぎですね!」 「俺が道長の為に作ったんだ。それを食ったらあんたはもう寝ろ」  薛洋は照れくさそうに鼻をかきながらうつむいた。 「ありがとう。あなたは本当に器用だ」  暁星塵は薛洋の頭に手を伸ばし、阿箐にしたのと同じように優しく撫でる。  しかしすぐに、先程制止されたことをふと思い出した暁星塵は、ハッとした様子で手を止めた。 「すみません。ついうっかり」 「いいよ、気にするな。さっきはちびがいたからさ。大の男が“よくできました”って頭を撫でられるなんて格好悪いだろ?」  そう言って薛洋はからからと笑った。 「それに俺、誰からもそんなふうにしてもらったことがないから……なんだか落ち着かないっていうか、妙な気分だっただけだよ」 「そう、なのですか」  暁星塵は少し黙ってからもう一度、丁寧に丁寧に、毛並みを整えてやるかのような手つきで薛洋の頭を撫で始めた。  熱を持った暁星塵の手は存外心地よく……薛洋は少しだけその手に頭を押し付けて目を閉じた。 「本当に、妙な気分だ。それにこれじゃどっちが病人かわからないな」 「……ふふふ」  翌日には暁星塵の熱は下がりほとんど回復していた。  だが阿箐は「念の為まだ寝ていて!」と言って粥を作り続け、「ありがとう」と頭を撫でられては嬉しそうにしていた。 「あんた、ちびの頭をしょっちゅう撫でてるよなぁ。それ癖?」 「そうかもしれません。昔、弟弟子たちによくしてあげていたので」 「ふぅん…………」  何か考え込むような抑揚で薛洋は相槌を打つ。  暁星塵はうさぎの林檎を口に運ぶ手を止め、阿箐には聞こえないように薛洋の耳元で囁いた。 「またあとで、ちゃんと撫でてあげますからね」  にこにこと笑う暁星塵に、薛洋は思わず小さく咳払いした。