贈り物

 上着のポケットからスマートフォンを取り出してもう一度確認すると、画面には12月24日23時40分という文字が浮かび上がり、そこには色とりどりのイルミネーションと一緒に不機嫌な顔も映り込んでいた。  街は目が痛くなるほどの色鮮やかさだ。クリスマスの華やかなムードに包まれた駅前の広場は、もうすぐ日付が変わろうとしているにも関わらず人で溢れかえっている。  しかし、俺の気分は決して良いとは言えない。 (はぁ、どいつもこいつもクリスマスだからって浮かれやがって……酒くせぇし五月蝿いし暁星塵は帰ってこねぇし)  暁星塵は仕事の講演会があるとかで、早朝から高速鉄道で遠方に出かけているのだ。  クリスマスイブに恋人をほったらかして仕事とは!  俺と仕事とどっちが……なんてガキみたいなことを言うつもりはないが、やはり面白くはない。  はぁーっ、と白い息を吐き出すと、メッセージアプリの通知がポンと鳴り「今改札を出ました」の文字。俺は腰掛けていたベンチから思わず腰を浮かす。  程なく駅の出入り口から、細身のチェスターコートを着た背の高い男が歩いてくるのが見えた。頬と口の端っこが自然と上がるが、笑顔で迎えるのもなんだか癪で、俺は笑いを噛み殺したへの字口でぶんぶんと手を振った。暁星塵はすぐさま俺を見つけて、微笑みながらこちらに向かって早足で近づいて来る。 「遅い! もう待ちくたびれた!!」 「薛洋、こんなに寒いのに、ずっとここで待っていたの?」 「悪いかよ。凍え死ぬかと思った」 「到着時刻は伝えていたつもりだったのですが……すみません」 「そ、そうだっけ? まぁいいから、車、早く! ほんとに寒い!」  もちろん知っていた。だけど待ち遠しくて2時間も前からここでお預けを食らった犬みたいに待ってたなんて、恥ずかしくて言えるわけがない……。  地下の駐車場に停めてあった白いセダンに乗り込むと、暁星塵は運転席から体を乗り出してキスしてきた。 「ただいま……ふふ、唇も冷たい」 「ん、お帰り。ほんとに風邪ひきそう」  暁星塵はおっと、と慌ててエンジンをかけ暖房を強めに調整した。  ふとダッシュボードのアナログ時計を見ると、針は間もなく0時を指そうとしている。 「やばい、もうクリスマスイブが終わる! これ、俺からあんたにクリスマスプレゼント……」 「えっ、私に?」 「前使ってたの壊れたって言ってたからさ」  ポケットにしまっておいた小さな包みを取り出し、恋人の鼻先に突き出した。簡易的な包装をされたそれを受け取ると、暁星塵は早速丁寧に開封して小さな歓声を上げる。 「わぁ! ありがとう。可愛い……。大切に使います」  包みの中から出てきたキーホルダーを目の前にかざして、キラキラしたキャンディのチャームを指でつつきながら眩しそうに見つめていた。 「俺あんまり金ないし、ちょっと子供っぽくてごめんな。でもそれ俺のとお揃いだから……なくすなよ?」  俺はまったく同じデザインのキーホルダーをポケットから出して見せてやると、暁星塵は顔をほころばせる。 「なくさないですよ、絶対」  暁星塵はもう一度運転席から体を近づけて俺の冷たい頬に熱いキスを落とした。 「実は私も」  そう言うと、後部座席に手を伸ばし何やらごそごそとし始める。 「帰ってから贈ろうと思っていたのですが……これは私からのクリスマスプレゼントです」 「は!? 絶対忙しくて忘れてると思ってたぜ」 「用意はしていたのですがいつ渡せるかわからなくて。車に積んでおいて正解でした」  手渡されたのは、俺でも知ってるハイブランドのショッパー。  リボンを解き恐る恐る箱を開けてみると、これは……ビーチサンダル……?  ごくごく控えめに小さなブランドロゴが入った、ストラップもソールもブラック系の大人っぽいビーチサンダルだった。 「お前、履物って『恋人から歩いて立ち去る』って意味で縁起悪いとか言わない? しかも真冬に夏物~~!?」  いくら色恋に鈍感な暁星塵のプレゼントといえ、なかなかの変化球で俺は目が点になってしまった。 「確かに。でもそれは心の持ちようです。それと、」  暁星塵は急に真剣な表情になって言った。 「今すぐではなくて少し先に使えるものを、と考えた結果それになりました」 「少し先……」 「そう。たった今だけでも、遥か先のことでもない、『少しだけ先の楽しみ』があった方が人生は楽しいものなんですよ。7月になったらそれを履いて、私と一緒に海に行ってくれませんか」 「7月、海?」 「海であなたの誕生日をお祝いしましょう」 (ずっと前、俺の出身は内陸だから一度も海で泳いだことがないって言った事も、俺の誕生日も、こいつ憶えてたのか) 「……」  不意に胸がじんとして、言葉に詰まってしばし黙り込んでしまった。 「気に入らなかったでしょうか? 可愛い水着の方が良かった?」 「……ばか! 履くよコレ、夏になったら。ありがと……すごい楽しみができた」 「あはは、鼻が真っ赤」 「うるせぇ!」  今度は俺から運転席の方に体を乗り出して、笑い続ける暁星塵の唇を塞ぐように口づけた。  時刻はいつの間にか0時をとっくに過ぎて、日付は12月25日になっていた。 「……さぁ、そろそろ帰りましょう」  ヘッドライトを点灯させハンドルを握り、そう暁星塵が言うと、俺はふとこいつの『家族』のことを思い出した。 「そういやチビはどうした? クリスマスって子供が楽しみにしてるもんなんじゃねーの?」 「今日は前もって遅くなるとわかっていたので、義母に預けてあります。施設でクリスマス会があるからそちらで大勢で過ごす方が楽しいとか」 「へぇ~、じゃあ今夜は」 「もちろん二人きりです。泊まっていくでしょう?」 「あ、えーと、うん……」  動き出した車は、イルミネーションに彩られた夜の街を滑るように駆けていく。  俺の頬はきっと熱でもあるかのように上気しているに違いない。  頬杖をつき窓の外を眺めるふりをしながら、柄にもなく浮き立つ心を必死に押し隠した。